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【本感想】『ミナトホテルの裏庭には』/寺地はるな


ミナトホテルの裏庭には』 寺地はるな・著
ポプラ文庫  2018/2/5 第一刷

☆所謂「自分語り」が多くなっています。ご注意ください。

なんて優しい本なのだろう、と思いました。

私自身、現在精神病を患っていて、その理由がまさしく「頑張りすぎ」だったからでしょうか、
キャラクターたちの言葉ひとつひとつが心にぐさりと刺さって、読みながら何度も涙を流しました。
もし私が病気を発症したとき、こんな言葉をかけてくれる人が傍にいたら、とか、
こんな風に逃げる場所があれば、とかそんなことが頭を駆け巡って、
登場人物たちにすっかり感情移入してしまって、ページを捲る手がとまらなくなりました。

特に印象に残ったのは、P.133、のことばで。

その程度のことでそんなに落ち込むのはおかしいとか、いつまでも引きずるのはおかしいとか、そうやって他人のつらさの度合いを他人が決めることこそがおかしい、なんの権利があって他人のつらさを判定しているのだ、君はあれか、つらさ判定員か、そういう職業があるのか、ないよな、えらそうに「たいしたことじゃない」とか言ってんじゃねえよ(以下略)



ああ、まさにそのとおりだ、と。
他人からすればなんてことないようなことでも、当人からしてみれば耐えがたい苦痛であることもある。自分は平気だから、平気だったから、乗り越えられたから、他人も絶対そうであるとは限らない。
人は、それを忘れている、あるいは、それに気づいていないことが多い、と思います。
私自身も、他人の、他人の尺度によってはかられた言動でひどく傷つき、悩み、苦しみ、最後は病になりました。
そして多分、同じようなことをしてしまったこともたくさんあるのだと思います。
だからこそ、この文章でハッとしました。
たとえ他人がなんと言おうと、今自分が抱えている「苦しみ」は、「自分だけのもの」なんだと。

そして作中で度々登場する初瀬。主人公、芯くんの友人。
芯の前ではずっと元気にふるまっていたのに、ある日突然パニック障害になって仕事も休職し、連絡も碌にとれなくなってしまった。
この、「芯の前ではずっと元気にふるまっていた」という部分に、私はひどく共感しました。
友人の、特にとても大切な相手ではあればあるほど、元気にふるまいたい、というか
その人とだけでも楽しい時を過ごしたい、というのがあるのですよね。
普段の仕事とか、家庭とか、そういった部分に重苦しい悩みがあったとしても、その人と会っている時だけはいつも通りの自分でありたい、そうすることで、なんとか自分を保っていたい。もちろん、心配をかけたくない、とかいう気持ちもありつつ。
そう思ってしまう心理が、本当によく分かって、本当にちらりちらりとしか出てこない彼の存在が、私の中ではある意味一番印象深く残りました。


そして一番最後(P.295)の、

魔法なんてここにはないのだと、あの時湊さんは言った。ここだけではなく、どこにもないのだ、そんなものは。でも私たちには、自分の足がある。手もある。目が耳が、言葉がある。花岡も、かし子も、それを知っている。それしか知らないけれども、それだけ知っていればじゅうぶんだと知っている。



この文章。
どれだけ苦しくても、どうしようもないことが起こっても、魔法なんて存在しなくても、
いつか人は必ず、自分の持っているもので未来を切り開いていける、だから、
「がんばりどころと、そうでないところを間違え」(P.199)ないように頑張りながら生きていけばよいのだ、と
私はそんな風に思いました。



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普段、感想文、特に読書感想文というのを書くのはひじょうに苦手なのですが、
この本は読み終えた瞬間に「感想を書きたい」と思った作品でした。

こんなに優しくて、心に響いて、安らがせてくれる本に出会えてよかったと、心から思います。
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